たるや的日常
ダメ親父日記 (`・ω・´)
これまでの経緯・・・⑦
明日はお休みなので更新はありません。
一応、生きてる予定ですよw

サブタイトルは「ホントにあった怖い話」だよ。

平成20年の夏にヨメはワタシの勤めていた事業所を退職しました。
その時繰り返していた発言は、もう怨嗟とういか呪詛というか・・・
それでも捨てる神あれば拾う神ありで、地元の建設業者の事務として雇用されることになりました。

新しい職場にも慣れてきた晩秋のある日、ヨメから次のような発言が・・
「熊本の六○院ってところに行きたい、連れて行って」
なにそれ?
「本怖に出てる下○し子先生のお寺」

そうきたか・・・・
ハンコ屋からDr.○パ、細木○子を経て○よし子に至ったのは知っていたが・・

「連れて行ってくれるなら予約を取る」
連れていくだけならいいけどさぁ・・いくらかかるの?
「教えられない」

はぁ? 

「教えたら反対されるから」

それでも連れて行けと言うか・・・ってことは、連れていかなきゃ自力で行くってことだな・・・・

今考えれば甘かったと思います。
そもそも、この時点でヨメの事を愛していたかというと「否」でしょうね。
とにかく「めんどくさい」の一言に尽きます。
「体がだるい」と言うので、お医者さんに診てもらえと言えば、「更年期だから」と言い、じゃあ市販の改善薬でも飲めば?と言うと「赤ちゃんが出来た時困るから」と言う。
え?避妊してるじゃん?

愛してなくてもやることはやってるんだ・って言われそうですけど、ヨメの要求に応えてただけですよ

どんなに反対しても意見を曲げないのに、いちいち確認をとるのは「許可を得た」という既成事実を作りたいためということは判っていました。
つまり、言いだした時点でそれは決定事項なのです。
同意しなければ同意するまで粘り続け、根負けすれば共同責任を押し付ける。
おまえは本当に人間か? 
スポンサーサイト
これまでの経緯・・・⑥
事態は不安定要素を内包しつつ大きく動こうとしている気がします。
判断ミスが命取りになりかねません。
慎重に行動していきたいと思います・・・

このハンコ時代なんですが、ヨメの息子に対する態度が一番厳しい時期でしたね。
どうも、日中ワタシのいない間に体罰も加えているようでした。
息子は体が小さく、そのくせ負けん気は強いので、学校ではよく友達と衝突していました。
後にこの頃の事を息子が「学校で叩かれて、家に帰って殴られて、もう○にたかった」と告白したとき、ヨメに対して○意を覚えましたっけ・・

忘れもしない平成18年10月、ついにワタシの上司が馘首になりました。
数年前には6名の従業員と二十数名の期間バイトで年間数億円の利益を上げていた事業所も、パワハラの嵐を生き延びたワタシともう一人を残すのみとなってしまいました。
事業を継続するかどうか結構揉めたのですが、とりあえず社長がやってもいいよって言ったので、ワタシが中心となって事業所を立て直すことになりました。
ここでしゃしゃり出てくるヨメ 
残った二人以外にバイトに来ていた方々から四名を選んで戻ってきて頂いたのですが、ヨメが無給でいいから手伝わせろと言います。
無給で働かせるわけにはいきませんし、ヨメと一緒に働くのもイヤだったので断るのですが、「ダンナの仕事を手伝う」という大義を振りかざすヨメに付ける薬は無かったと思います。

この頃が一番良かったとヨメは言います。
そりゃそうでしょ。
責任者のヨメで仕事してて、特に文句言われるわけでなく、子供は学校が終わったら祖父母のところに帰るから夕方迎えに行けばいい。
子供と接する機会が減れば目くじら立てて怒らなくてもいいし、会社じゃ本社から手伝いに来る若いのも言うこと聞くし、給料も前より良いし・・・
しかし、そんなヨメにだけ都合のいいことは長く続くわけがありません。
パートの身で本社社員に仕事を指図していたら、一部から反感を買うのはあたりまえのことです。
その点を注意はしていたのですが、自分が正義だと思っている人に何を言っても聞くわけがありません。
結局、一年半で契約が切れると同時に再契約はしないということになりました。
その際もかなり揉めたのですが、もう思い出したくないなぁ・・・
閑話休題・・・②
外は嵐です^^;
心の中は・・・・涙雨

ヨメの性格なんですけど、基本好戦的です
「おまえはサイヤ人かっ!!」って言ったことが数十回

すごく上の方から意見してきます。
「おまえ、何様?」って聞いたことも数十回 

それと、悪いことは他人のせいです

ハンコ時代はよく生き霊の話しをしてましたね・・
誰々が生き霊を飛ばしてくるから体調が悪い・とかwwwwww
いや、実際笑えないですけどね

最近、ある方々が初対面のヨメの性格をズバリ言い当てました。
まぁそのうち詳しく書きますが、「自分が納得することのできる答えだけが正解なんだろうな・・」(若干うろ覚え)って言った方がいます。

そんなヨメですから、ワタシと違った意味で友人はほとんどいません。

ママ友もかつてはいたのですが、関係を造っては壊すので誰も
残りません

あと、「お願い」って言葉をよく使います。

「お願いします」って意味なら良いのですが、自分の要求を「お願い」
という言葉でカムフラージュして、「お願いしているのに聞いてくれない相手が悪い」という風に自分の中で決めつけてしまいます。
半月板をやったときも、「自分は踊りに参加したくなかったのに、婦人会の役員が強制してくるのを、お母さん(ワタシの母)に断ってってお願いしたけど聞いてくれなかった」ってな感じです。

自分で断れや、ボケ 

なんか、自分が結婚した相手の欠点ばかりあげつらうのも、悲しい
ものがありますね・・
少し良いところを探してみましょう 

・・・・・・・・・・・・・・あっ!動物に優しいです^^
見つけた子猫は拾って帰る。一時期家の中で9頭のネコ飼ってました。
今現在は6頭ですが、ネコにかかる費用も年間だと2~30万くらい。
ヒトの飯よりネコの世話。ヒエラルキー的には ヨメ>ネコ>ワタシ>
ムスコって感じがここ10年続いていました♪

だめだこりゃ 
これまでの経緯・・・⑤
ここまで書いた限りだと、ダメなヨメではありますが
なんとか「我慢」なり「更生」なりできそうでしょ?
ところが物語はここから更におかしな方向へと進んでいきます。
これがノンフィクションだから笑えない・・

息子が6才になった夏、いきなりこう叫びました。
「パパ、カブトムシがほしい!!」
おわかりですね、皆さん^^
経験者がここには多数いると思います。

子供のために採ってきたカブトやクワガタの飼い方をネットで
調べて実践して、採卵して幼虫が採れて子供は興味を失って、
最後にカブクワ好きのオヤジが出来上がるという黄金のパターン

仕事と家庭のストレスに比例して、カブクワはその量を増やして
いきました。しかし、いかんせん限られた小遣いの中での飼育
ですし、外産はまだ高価な時代でしたので、2~3年は近所で
採った国産(特にヒラタ)ばっかり飼ってましたね~ 

ああ、自分の事を振り返ってどーする 

ひざの手術をしてしばらく経って、ヨメは7年勤めたガス屋さんを
辞めてしまいました。
ここから約2年、バイトを転々とすることになります。

この頃、ヨメはハンコ屋さんにハマってましてね。
わかりますね?(わからないか・・・
「ハンコの後ろが膨らんできてるからどーの」とか「朱肉の形が
あーの」とか・・
段々「アノ人(息子の同級生のおかあさんです)が生霊をトバして・・」
などと言っていましたっけ 

このとき縁を切っときゃ良かった 

なんせ、職場の上司が暴走した揚句(比喩です)馘首になるまでの
一年でしたから、まぁヨメもきつかったとは思うのですが、10万以上
するハンコを3~4本買ったんじゃないかな?
最終的にハンコ屋から持ちかけられた中国の未公開株の話に乗って
郵便局長夫妻(息子同士が同級生)が気に入らないからって解約した
学資保険を数十万つっこんで、だまされたと判って終息しましたが・・

被害甚大です 

何故止めなかったかって?

止まるものなら止めてますよ・・・・orz
これまでの経緯・・・④
おっぱい軍曹、私信ありがと

新築して2年くらいの間の記憶があまりありません。
一つは、ワタシの勤める事業所の経営状態があまり良く
なかったため、上司がパワハラ&モラハラの嵐に陥って
しまい、年間の休みが三十数日しかない状態が続いた
からです。ちなみにその時に溜まった代休が10年経った
今でも残っています。
もう一つは、たしか家を建てて2年目にヨメが婦人会の
踊りで半月板を損傷して内視鏡手術を受けた時・・・・

書いていて吹き出しそうになりました。

アスリートか、おまえわ?

この時はもめましたね~
病院は家から車で30分ほどの所でした。ヨメにの実家からは
電車で1時間くらいでしょうかねぇ?
丁度、オヤジの弟が直腸癌で入院・手術ってときで、母方の
祖母も体調が悪くて、ワタシの仕事が休めないもんだから
孫(ウチの息子)もいるのでワタシの父母も手術の付き添い
に行けないって言ったらヨメ怒る怒る。
結局、ヨメの母が付き添いに来ましたが、なんか恨み事を
結構言われたような気がします。
最初から実家の近くの病院にでも入院してくれればいいのに・・
実際、執刀医はそっちから来てるのにさ 

すでにその頃、5歳の息子はママ嫌いになっていたので
入院しても特に何も問題はありませんでした。
ヨメが入院して4日目に、「流石にちょっとさみしいなぁ~」
って息子が言うので一緒にお見舞いに行きましたよ。
ヨメが「だっこしてあげようか?」って言うと、息子が「いやだ」

どんな母子やねん・・・

それでも無理矢理だっこしたあと、息子はワタシの膝の上に
ず~~~っと座っていました 

そもそも、手術が必要なほどの怪我だったかどうかは、未だに
疑問なんですけどね。
閑話休題
K66さん見てる~?

おおまかな結婚生活の流れを書き綴ってきましたが、まだ先は
永そうです^^;
たまにワタシから見たヨメの特性を書いていきますね。
ほぼ主観のみですから、ご了承ください

ヨメの特性の一つとして「保険をかけたがる」というのがあります。
ワタシが今亡くなると、ヨメには8000万~1億くらい入って、
さらに家の借金もチャラになる特典が付いてきます。
もしこのブログが途中で止まったら・・・
皆さま、そうならないよう祈っててくださいね^^

年収が下がったんだから支出を見直せというワタシの意見を聞いて
いたかどうかは定かではありません。
手元の資料では、その当時も年間70万近く生命保険に支払っていた
ことが窺われます。
今現在は息子の学資保険も入ってるので、年間80万オーバーですわ

それと、ヨメはワタシが外に出て行くのを極端に嫌います。
飲み会なんて以ての外。会社の忘年会や社員旅行でさえも良い顔を
せず、あまりにめんどくさいので、一回社員旅行をキャンセルした
ところ会社からこっぴどく怒られましたねw
同窓会さえもいちゃもんをつけてくるため、現在ワタシには通常の
行動範囲内に友人と呼べる相手が1人しかおりません
まぁ3年くらい会っていませんけどね。

一時期、会社で頻繁にブログの更新をしていたのは、あれが仕事抜き
で人と接する唯一の機会だったからです・・・
今もこのくだらないオヤジの愚痴を見に来てくれる方がいます。
拍手をポチしてくれる奇特な方もいますしw
ホント、皆様ありがとうございます
○されないように頑張ります
これまでの経緯・・・③
Kさ~ん、読んでる~??

しかし、15年ってのは簡単には振り返れませんね・・
ま、ぼちぼち書きましょ^^

ウチは先祖代々ド田舎に住んでおりまして、そのせいか土地が
結構あります。
まぁ田舎ですし、あちこち飛んでるので資産的価値はありませんが。
ヨメはその中で一番広い400坪ほどの畑に家を建てようと言い始め
ました。
今考えると、それが全ての間違いの元だったのかもしれません・・

ワタシは生来のめんどくさがりやで、結婚すると同時に通帳・印鑑
・カードは全てヨメに渡していました。
渡さなくても取り上げられていたとは思いますけどねww

家なんか床と屋根があればいいとゆー考え方のワタシは、新居建築
に関して全然積極的ではありませんでしたが、ヨメの熱意(?)に押さ
れてしぶしぶ承諾することにしました。
ただ、予算は3000万までという条件だけ付けさせてもらいました。

その後、約1年のすったもんだを経て、我が家が完成しました。
借金コンクリート2階建て、延べ床面積53坪、総工費3600万円
息子が3歳の時でした。

ちなみに、建ててる最中にワタシが現場に行ったのは、子供の散歩に
一回と棟上げの時の2回のみです。

800万近くあった預金を使い切り(300ちょいはヨメの持参金で
したが)ウチの親からも400万ほど借りて(返してねーけどな)
なおかつ2400万も借金抱えるはめになるのは人生の計算に
入ってなかったよ。

折悪しく、勤めている事業所の経営が悪化し、年収が100万程下がる
と同時に、ヨメの機嫌のよい日がますます減っていきました。
これまでの経緯・・・②
簡単にまとまりそうにもありませんなww
しかもなんかアクセス増えてるし~www
拍手ありがとうございます


息子が成長するにしたがって、ヨメが息子を叱るように
なってきました。
いえ、「叱る」とゆーより「怒る」です

当然、周りの大人たちはそれを諌めるのですが、今度は
自分のやり方に文句を言うといってワタシにあたります。
なんでそんな些細なことで息子を叱るのか聞いたところ、
自分は心臓が悪くていつまで生きるかわからないと、
だから自分が死んでも子供が悲しまないように育てるん
だと・・・・

はぁ?????

そんな理屈って存在するの?????

その頃ワタシ達家族は、実家の斜向かいの借家に住んで
いました。
ヨメは隣のガス屋さんで事務の仕事についていました。

そしてついにヨメの口から恐ろしい発言が飛び出したのです。

「家を建てたい」

まぁこれだけ聞くと普通の話しですが、当初のヨメの計画って
ヤツはかなり変わっていました。
実家の裏の土地を購入して、実家を潰して一続きの土地に2世帯
住宅を建てるって言うんです。

なんかヘンじゃない?

親にしても有難迷惑な話です
結局裏の土地の所有者がOKしなかったため、この話は無く
なったのですが、ヨメは第二弾を出してきました・・・
これまでの経緯・・・①
何も知らずに見に来られた虫友の皆さま、いきなりこんな
ブログに変わっててごめんなさい 

そもそもの経緯を簡単にまとめておきたいと思います。

ワタシとヨメは15年前に結婚しました。
一応、恋愛結婚ですね。
ヨメは「自分は不幸だ」と思うタイプの人間で、若いころは
それがいじらしくもあったのですが、結婚生活を始めると
実家を離れた不安感からか、よく夜中にシクシクと泣いて
いました・・・・

その時点で若干おかしいと思いますがw

翌年に息子が生まれ、子育てが始まるとヨメの本性が全開に
なっていきました・・・
帝王切開で、確かに産後のひだちはあまり良くはなかったと
思います。
息子が6ヶ月くらいまでは、頑張っていたように記憶してます。
首が座ると同時くらいに、昼間はワタシの実家の母が息子の
面倒をほとんど見ていました・・・
夜はワタシが仕事から帰って息子の面倒をみる生活が続きました。
本人は体調も悪いし子育てが大変だと言いながら、夕方のミルク
お風呂・寝る前のミルク・寝かしつけ・夜中のミルクと全部
ワタシがやっていました。
当然オムツ替えもね♪

ヨメ、いらねーじゃん!

ちょうどその時期職場の成績が悪く、上司がパワハラしまくって
いまして、数か月間休みも無く家に帰れば育児に追われ・・・
電柱とロープを交互に見つめるほど追いつめられたワタシは
生後8ヶ月の息子に聞いてみました。

「パパ、いなくなってもいい?」

すると、まだしゃべれない息子が

「だ~~~~~!!!」って怒ったのです

その瞬間、ワタシはこの子のためだけに生きようと決心しました。
この子が大きくなるまではがんばろうと。

でもそれは、つらく長い期間の始まりだったのです。
壊れかけの○○○
みなさんこんにちは^^

こちらではお久しぶりです

ああ、あっちの方も放置中だった・・・

3年弱の虫ブログを閉じて数カ月、周りを取り巻く状況が
日々変わっていくという激動期を迎えておりますw

とりあえず、虫ブログは閉じてしまったのですが、現在
ヨメと離婚協議中でして、日ごろの鬱憤をブログにでも
書きなぐっておこうかと・・・

てなわけで、ペット=昆虫ジャンルから結婚生活にジャンルを
替えさせて頂きました。
基本コメオフですし、メールフォームも削除しちゃったので
思う存分愚痴を書いていこうと思ってますよwww

読んでて不快になる方もいるかもしれませんので、虫友の皆さまは
RSSリーダーから外してくれちゃってかまいませんからね~

まずはこちらをご覧ください。

反面教師

どうですか?お宅の奥様にあてはまるトコロはございませんか??

ウチは⑥以外全てあてはまりました

失敗は失敗として、また新しく人生をやり直したいと思っては
いるのですが、敵が何考えてるのか判らず苦労しております。

この先どうなるかわかりませんが、生温かい目で見てくださいね