2012年08月の記事 (1/2)

これまでの経緯・・・⑦

明日はお休みなので更新はありません。
一応、生きてる予定ですよw

サブタイトルは「ホントにあった怖い話」だよ。

平成20年の夏にヨメはワタシの勤めていた事業所を退職しました。
その時繰り返していた発言は、もう怨嗟とういか呪詛というか・・・
それでも捨てる神あれば拾う神ありで、地元の建設業者の事務として雇用されることになりました。

新しい職場にも慣れてきた晩秋のある日、ヨメから次のような発言が・・
「熊本の六○院ってところに行きたい、連れて行って」
なにそれ?
「本怖に出てる下○し子先生のお寺」

そうきたか・・・・
ハンコ屋からDr.○パ、細木○子を経て○よし子に至ったのは知っていたが・・

「連れて行ってくれるなら予約を取る」
連れていくだけならいいけどさぁ・・いくらかかるの?
「教えられない」

はぁ? 

「教えたら反対されるから」

それでも連れて行けと言うか・・・ってことは、連れていかなきゃ自力で行くってことだな・・・・

今考えれば甘かったと思います。
そもそも、この時点でヨメの事を愛していたかというと「否」でしょうね。
とにかく「めんどくさい」の一言に尽きます。
「体がだるい」と言うので、お医者さんに診てもらえと言えば、「更年期だから」と言い、じゃあ市販の改善薬でも飲めば?と言うと「赤ちゃんが出来た時困るから」と言う。
え?避妊してるじゃん?

愛してなくてもやることはやってるんだ・って言われそうですけど、ヨメの要求に応えてただけですよ

どんなに反対しても意見を曲げないのに、いちいち確認をとるのは「許可を得た」という既成事実を作りたいためということは判っていました。
つまり、言いだした時点でそれは決定事項なのです。
同意しなければ同意するまで粘り続け、根負けすれば共同責任を押し付ける。
おまえは本当に人間か? 
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これまでの経緯・・・⑥

事態は不安定要素を内包しつつ大きく動こうとしている気がします。
判断ミスが命取りになりかねません。
慎重に行動していきたいと思います・・・

このハンコ時代なんですが、ヨメの息子に対する態度が一番厳しい時期でしたね。
どうも、日中ワタシのいない間に体罰も加えているようでした。
息子は体が小さく、そのくせ負けん気は強いので、学校ではよく友達と衝突していました。
後にこの頃の事を息子が「学校で叩かれて、家に帰って殴られて、もう○にたかった」と告白したとき、ヨメに対して○意を覚えましたっけ・・

忘れもしない平成18年10月、ついにワタシの上司が馘首になりました。
数年前には6名の従業員と二十数名の期間バイトで年間数億円の利益を上げていた事業所も、パワハラの嵐を生き延びたワタシともう一人を残すのみとなってしまいました。
事業を継続するかどうか結構揉めたのですが、とりあえず社長がやってもいいよって言ったので、ワタシが中心となって事業所を立て直すことになりました。
ここでしゃしゃり出てくるヨメ 
残った二人以外にバイトに来ていた方々から四名を選んで戻ってきて頂いたのですが、ヨメが無給でいいから手伝わせろと言います。
無給で働かせるわけにはいきませんし、ヨメと一緒に働くのもイヤだったので断るのですが、「ダンナの仕事を手伝う」という大義を振りかざすヨメに付ける薬は無かったと思います。

この頃が一番良かったとヨメは言います。
そりゃそうでしょ。
責任者のヨメで仕事してて、特に文句言われるわけでなく、子供は学校が終わったら祖父母のところに帰るから夕方迎えに行けばいい。
子供と接する機会が減れば目くじら立てて怒らなくてもいいし、会社じゃ本社から手伝いに来る若いのも言うこと聞くし、給料も前より良いし・・・
しかし、そんなヨメにだけ都合のいいことは長く続くわけがありません。
パートの身で本社社員に仕事を指図していたら、一部から反感を買うのはあたりまえのことです。
その点を注意はしていたのですが、自分が正義だと思っている人に何を言っても聞くわけがありません。
結局、一年半で契約が切れると同時に再契約はしないということになりました。
その際もかなり揉めたのですが、もう思い出したくないなぁ・・・

閑話休題・・・②

外は嵐です^^;
心の中は・・・・涙雨

ヨメの性格なんですけど、基本好戦的です
「おまえはサイヤ人かっ!!」って言ったことが数十回

すごく上の方から意見してきます。
「おまえ、何様?」って聞いたことも数十回 

それと、悪いことは他人のせいです

ハンコ時代はよく生き霊の話しをしてましたね・・
誰々が生き霊を飛ばしてくるから体調が悪い・とかwwwwww
いや、実際笑えないですけどね

最近、ある方々が初対面のヨメの性格をズバリ言い当てました。
まぁそのうち詳しく書きますが、「自分が納得することのできる答えだけが正解なんだろうな・・」(若干うろ覚え)って言った方がいます。

そんなヨメですから、ワタシと違った意味で友人はほとんどいません。

ママ友もかつてはいたのですが、関係を造っては壊すので誰も
残りません

あと、「お願い」って言葉をよく使います。

「お願いします」って意味なら良いのですが、自分の要求を「お願い」
という言葉でカムフラージュして、「お願いしているのに聞いてくれない相手が悪い」という風に自分の中で決めつけてしまいます。
半月板をやったときも、「自分は踊りに参加したくなかったのに、婦人会の役員が強制してくるのを、お母さん(ワタシの母)に断ってってお願いしたけど聞いてくれなかった」ってな感じです。

自分で断れや、ボケ 

なんか、自分が結婚した相手の欠点ばかりあげつらうのも、悲しい
ものがありますね・・
少し良いところを探してみましょう 

・・・・・・・・・・・・・・あっ!動物に優しいです^^
見つけた子猫は拾って帰る。一時期家の中で9頭のネコ飼ってました。
今現在は6頭ですが、ネコにかかる費用も年間だと2~30万くらい。
ヒトの飯よりネコの世話。ヒエラルキー的には ヨメ>ネコ>ワタシ>
ムスコって感じがここ10年続いていました♪

だめだこりゃ 

これまでの経緯・・・⑤

ここまで書いた限りだと、ダメなヨメではありますが
なんとか「我慢」なり「更生」なりできそうでしょ?
ところが物語はここから更におかしな方向へと進んでいきます。
これがノンフィクションだから笑えない・・

息子が6才になった夏、いきなりこう叫びました。
「パパ、カブトムシがほしい!!」
おわかりですね、皆さん^^
経験者がここには多数いると思います。

子供のために採ってきたカブトやクワガタの飼い方をネットで
調べて実践して、採卵して幼虫が採れて子供は興味を失って、
最後にカブクワ好きのオヤジが出来上がるという黄金のパターン

仕事と家庭のストレスに比例して、カブクワはその量を増やして
いきました。しかし、いかんせん限られた小遣いの中での飼育
ですし、外産はまだ高価な時代でしたので、2~3年は近所で
採った国産(特にヒラタ)ばっかり飼ってましたね~ 

ああ、自分の事を振り返ってどーする 

ひざの手術をしてしばらく経って、ヨメは7年勤めたガス屋さんを
辞めてしまいました。
ここから約2年、バイトを転々とすることになります。

この頃、ヨメはハンコ屋さんにハマってましてね。
わかりますね?(わからないか・・・
「ハンコの後ろが膨らんできてるからどーの」とか「朱肉の形が
あーの」とか・・
段々「アノ人(息子の同級生のおかあさんです)が生霊をトバして・・」
などと言っていましたっけ 

このとき縁を切っときゃ良かった 

なんせ、職場の上司が暴走した揚句(比喩です)馘首になるまでの
一年でしたから、まぁヨメもきつかったとは思うのですが、10万以上
するハンコを3~4本買ったんじゃないかな?
最終的にハンコ屋から持ちかけられた中国の未公開株の話に乗って
郵便局長夫妻(息子同士が同級生)が気に入らないからって解約した
学資保険を数十万つっこんで、だまされたと判って終息しましたが・・

被害甚大です 

何故止めなかったかって?

止まるものなら止めてますよ・・・・orz

これまでの経緯・・・④

おっぱい軍曹、私信ありがと

新築して2年くらいの間の記憶があまりありません。
一つは、ワタシの勤める事業所の経営状態があまり良く
なかったため、上司がパワハラ&モラハラの嵐に陥って
しまい、年間の休みが三十数日しかない状態が続いた
からです。ちなみにその時に溜まった代休が10年経った
今でも残っています。
もう一つは、たしか家を建てて2年目にヨメが婦人会の
踊りで半月板を損傷して内視鏡手術を受けた時・・・・

書いていて吹き出しそうになりました。

アスリートか、おまえわ?

この時はもめましたね~
病院は家から車で30分ほどの所でした。ヨメにの実家からは
電車で1時間くらいでしょうかねぇ?
丁度、オヤジの弟が直腸癌で入院・手術ってときで、母方の
祖母も体調が悪くて、ワタシの仕事が休めないもんだから
孫(ウチの息子)もいるのでワタシの父母も手術の付き添い
に行けないって言ったらヨメ怒る怒る。
結局、ヨメの母が付き添いに来ましたが、なんか恨み事を
結構言われたような気がします。
最初から実家の近くの病院にでも入院してくれればいいのに・・
実際、執刀医はそっちから来てるのにさ 

すでにその頃、5歳の息子はママ嫌いになっていたので
入院しても特に何も問題はありませんでした。
ヨメが入院して4日目に、「流石にちょっとさみしいなぁ~」
って息子が言うので一緒にお見舞いに行きましたよ。
ヨメが「だっこしてあげようか?」って言うと、息子が「いやだ」

どんな母子やねん・・・

それでも無理矢理だっこしたあと、息子はワタシの膝の上に
ず~~~っと座っていました 

そもそも、手術が必要なほどの怪我だったかどうかは、未だに
疑問なんですけどね。